
156試合、41ゴール、30アシスト。U17からトップチームまで、ひとりの少年がネラッズーリの色を着てピッチに立った回数である。2005年5月31日にミラノで生まれ、そのままミラノで育った21歳が、初めてこのクラブの外へ出る。合意が最終局面に入ってから、彼は誰よりも早く現地入りしていた。そして正式発表の翌朝、彼が投稿した言葉はたった二文字だった。
[[アヴェッリーノ]](Avellino)が8月17日、[[インテル・ミラノ]]から[[トーマス・ベレンブルッフ]](Thomas Berenbruch)を獲得したと正式に発表した。移籍形態は買取オプションと買い戻しオプションの付いたレンタル。今季セリエBに昇格したばかりのクラブが、インテルの下部組織で育った2005年生まれのMFを迎え入れる形になる。
アヴェッリーノの公式リリースは、彼の経歴をこう紹介している。2005年5月31日ミラノ生まれのロンバルディア出身MF。インテルの下部組織で育ち、同クラブではU17からトップチームまでで通算156試合に出場、41ゴールを挙げ、30アシストを記録した。文末には「イルピニアへようこそ、トーマス」と添えられていた。
この移籍が動き出したのは8月13日夜。アヴェッリーノの関心が再燃し、合意まで数時間という段階に入ったと報じられた。翌14日には「アヴェッリーノの可能性はあるが唯一の候補ではない」という慎重な観測も流れたが、17日午後には本人がすでに現地に到着していることが伝えられ、同日19時58分に正式発表へ至った。
そして翌18日午前、ベレンブルッフ本人がインテルに向けて短いメッセージを投稿した。「Grazie」――ハートの絵文字がひとつ添えられていた。
原文: "Nato a Milano il 31 maggio 2005, il centrocampista lombardo è cresciuto nelle giovanili dell'Inter. Con il club nerazzurro ha totalizzato, dall'under 17 fino alla prima squadra, 156 presenze collezionando 41 gol e fornendo 30 assist ai propri compagni di squadra. Benvenuto in Irpinia Thomas!"
訳: 「2005年5月31日ミラノ生まれ。ロンバルディア出身のこのMFは、インテルの下部組織で育った。ネラッズーリではU17からトップチームまで通算156試合に出場し、41ゴールを挙げ、チームメイトに30アシストを供給した。イルピニアへようこそ、トーマス!」
今回の契約に付されたのは、買取オプションと買い戻しオプションの両方だ。アヴェッリーノが完全移籍で引き取る権利を持ち、その場合にインテルが再び買い戻す権利も残る。この夏インテルが下部組織の選手を送り出す際に繰り返し使ってきた設計であり、[[マッテオ・コッキ]]のパドヴァ移籍でも同じ構造が採られた。
これは切り捨てではなく、預けるという判断だと考えられる。中盤の枚数を6人ないし7人で回すトップチームに、21歳の若手が入り込む余地は現実的に多くない。セリエBで週末ごとに90分を戦い、そこで結果を出したなら道は戻ってくる。FCInterNewsが「イルピニアで期待される仕事をやり遂げれば、彼はまたこの色を着る可能性がある」と書いたのは、単なる社交辞令ではないだろう。
U17からトップチームまでの通算156試合。この数字が示すのは、彼が下部組織のどのカテゴリーでも「出場する側」だったという事実である。41ゴール、30アシストという内訳も、中盤の選手としては明確に前向きな数字だ。プリマヴェーラの主力として、そして時にトップチームの練習パートナーとして、彼は10年以上をアッピアーノ・ジェンティーレとインテレッロで過ごしてきた。
若手が下部組織から巣立つとき、その通算出場数が公式リリースに書き込まれることは意外と多くない。アヴェッリーノがわざわざこの数字を載せたのは、獲得した選手が「どこかの若手」ではなく、ひとつのクラブで育ち切った人材であることを示したかったからだと推察される。
行き先がセリエB昇格組であることも、この移籍を読むうえで見落とせない。昇格したてのクラブは、しばしば残留のために経験値を優先し、レンタルの若手をベンチに置く。だがアヴェッリーノは合意が固まる前から動きが早く、ベレンブルッフ自身も正式発表を待たずに現地入りしていた。双方に急ぐ理由があったと見るのが自然だろう。
セリエBは日本ではほとんど報じられないリーグだが、インテルの若手にとっては長く登竜門であり続けてきた。ここでシーズンを通して戦った選手が、2年後にサン・シーロへ戻ってくる。そういう物語は、このクラブの歴史のなかで何度も繰り返されてきた。
「Grazie」。ハートひとつ。10年以上を過ごしたクラブへの別れとしては、あまりに短い。だが短い言葉ほど、本当に伝えたいことが詰まっているものだ。イルピニアでの1年が、彼をもう一度この街へ連れ戻してくれることを願っている。行ってらっしゃい、トーマス。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年8月18日
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