
ジャマル・イドリッス。2007年生まれ、18歳のセンターフォワード。今夏の遠征でマンチェスター・シティ、ACミラン、ユヴェントスを相手にピッチへ立ち、8月11日にはPSVとレバークーゼンからの提案をクラブが蹴った。ケルンも、ブレントフォードも、ヴォルフスブルクも同じ壁に跳ね返されている。買い戻し条項なしには渡さない。インテルがこの少年に貼った値札は、いったい何を根拠にしているのか
※身長は1m88とTransfermarktが記載しているが、直接参照できなかったため参考値として扱う。
ミラノの子ではない。生まれはブレシア、育ちはその郊外コンチェージオである。ディ・マルツィオの取材によれば、本人にとって「家」という言葉はいまもこの町だけを指すという。名前の由来を尋ねられて出てくるのはドイツ代表のジャマルではなく、家族と、近所のオラトリオの話だ。
プレーの印象を一言でまとめるなら「サイドから中央へ引っ越してきたストライカー」になる。インテル加入時は右ウイングだった。1対1で仕掛け、簡単に人を剥がして数的優位を作るタイプのドリブラー。それが年を追うごとに、ゴール前での質とエリア内での存在感のほうが前面に出てきた。9番は、後から手に入れた番号である。
出発点はコンチェージオのオラトリオ・サンタンドレア。教会に併設された、イタリアのどの町にもある小さなグラウンドだ。6歳でボールを蹴り始め、同じ名を持つ地元クラブでプレーし、2017年にインテルの育成組織へ入った。以後、一度も外へ出ていない生え抜きである。
転機は2024-25シーズンだった。インテルU18の主将としてシーズン19得点。1月末の時点で19試合16得点というペースは、育成年代のランキングを飛び越えて大人の目に留まる種類の数字だ。翌シーズンにはプリマヴェーラで背番号9を背負い、完全なセンターフォワードとして扱われるようになる。
2025年10月27日、チッタデッラ戦の終盤に投入されてセリエCデビュー。その1か月後、クラブは2030年までの契約更新を用意した。18歳に5年の椅子を与えるのは、当たり前の判断ではない。代表でも2025年2月にU19デビューを果たし、10月にはU20ワールドカップの舞台で得点まで記録している。
そして2026年夏、トップチームの香港・パース遠征に帯同した。アーゼン戦では2得点。マンチェスター・シティ、ACミラン、ユヴェントスという相手に対しても、単なる人数合わせではない時間を任された。オークツリー体制のインテルが若手を次々と現金化している最中に、この選手だけが遠征のメンバー表に残り続けたことになる。
注目すべきはユースリーグの8試合6得点である。国内のプリマヴェーラ1と違い、ユースリーグは欧州各国のトップクラブの育成組織が集まる舞台だ。そこで試合あたり0.75得点というのは、国内での数字が地元補正ではないことの証明になる。
現実を先に書く。[[クリスティアン・キブ]]の3-5-2で2トップの一角を掴むには、[[ラウタロ・マルティネス]]、[[マルクス・テュラム]]、[[ピオ・エスポージト]]、[[アンジュ=ヨアン・ボニー]]の4人を追い越さなければならない。18歳がこの列に割り込む余地は、少なくとも2026-27シーズンのセリエAには存在しない。
だからこそU23が効いてくる。セリエCで戦うインテルU23は、プリマヴェーラとトップのあいだにあった断絶を埋めるために作られた。イドリッスーはすでにこのカテゴリで二桁の出場を経験しており、次の段階は「途中出場の常連」から「先発の柱」へ変わることになる。今夏の遠征帯同は、その道筋の途中に置かれた確認作業だったと推察する。
見落としてはいけないのは、キブが2トップの一角に何を求めているかである。ラウタロとテュラムの組み合わせが機能する条件は、片方が背負い、もう片方が背後を狙うという役割分担にある。ウイング出身で背後へ走れて、なおかつエリア内で高さを使えるイドリッスーは、この分担のどちらにも寄せられるタイプだと考えられる。ボニーとの比較になったときに評価が割れるとすれば、まさにその汎用性の扱い方だろう。
同じ夏、[[レオナルド・ボヴィオ]]がユヴェントス戦で3バックの中央にフル出場した。守備側で18歳が一段飛ばしたのに対し、攻撃側で同じ位置にいるのがイドリッスーである。二人の名前が同じ遠征のメンバー表に並んだこと自体が、この夏のインテルの姿勢を表している。
ここが最も面白い部分だ。2026年7月13日、ブンデスリーガのケルンが具体的な数字を持ってきた。レンタル料70万ユーロ、買い取りオプション700万ユーロ、条件次第で義務化。18歳の育成選手への提案として、決して安い部類ではない。
インテルはこれを断った。Sky Sport Italiaによれば、売却の条件として買い戻し条項を要求し、その額を1年目1500万ユーロ、2年目1800万ユーロと設定している。つまりクラブは「700万で売る」のではなく「700万で貸して、伸びたら1500万で買い戻す」形でなければ首を縦に振らない。ブレントフォード、ヴォルフスブルク、シュツットガルトが順に跳ね返され、8月11日にはPSVとレバークーゼンの500万〜600万ユーロが同じ扱いを受けた。
この構図が示すのは、オークツリー体制下のインテルにおける例外の存在だ。この夏、クラブは若手を次々と現金化してきた。キエート、アキンサンミロ、コッキ、カマテ。売却益がそのまま補強原資になる構造の中で、育成選手を手放すのは合理的な選択だった。ところがイドリッスーだけが、その論理の外に置かれている。
理由は単純だと考えられる。[[ピオ・エスポージト]]という直近の成功例が、クラブに計算式を教えたからだ。育成組織から上がってきたセンターフォワードが1年でトップチームの序列に食い込み、この8月にはアーセナルとマンチェスター・ユナイテッドが8000万ユーロを云々される存在になった。その道筋を一度見てしまえば、9番の18歳に700万の値札は付けられない。イタリアの一部メディアが彼を「新しいピオ」と呼ぶのは、キャッチコピーである以上にフロントの内部評価の反映なのかもしれない。
原文: "Ho iniziato a giocare all'oratorio di Sant'Andrea, dove ho capito che questo gioco sarebbe potuto diventare la mia vita. Sogno di indossare la maglia azzurra."
訳: 「サンタンドレアのオラトリオでプレーを始めました。そこで、この競技が自分の人生になり得ると気づいたんです。アズーリのユニフォームを着るのが夢です」
原文: "Nell'Inter, mi ispiro a Thuram, che ho la fortuna di poter ammirare da vicino. Devo tantissimo a Mister Carbone, che ha creduto in me fin dal primo giorno."
訳: 「インテルではテュラムを手本にしています。近くで見られる幸運に恵まれていますから。カルボーネ監督には本当に感謝しています。初日から自分を信じてくれた人です」
いずれもイタリアサッカー連盟の取材に応じた2025年1月時点の発言。このとき、彼はまだU18の主将だった。
ブレシア郊外のオラトリオで6歳がボールを蹴り始めてから12年。その少年に、いま1500万ユーロという条件が付いている。ケルンもブレントフォードもヴォルフスブルクもPSVもレバークーゼンも、同じ答えを持ち帰った。インテルが守っているのは選手というより、ピオ・エスポージトで一度証明された「自前で育てて自前で使う」という計算式のほうだろう。次にこの名前を見出しで見るときは、移籍市場の欄でないことを願いたい。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年8月11日
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