
2026年元旦の未明、スイスのスキーリゾートのナイトクラブで41人が命を落とした。重い熱傷を負ってミラノの病院に運ばれた16歳の少年は、そこから半年をベッドの上で過ごすことになる。7か月後の8月22日、彼はジュゼッペ・メアッツァのスタンドで4つのゴールに腕を上げていた。すぐ後ろの席には、加入したばかりのカーティス・ジョーンズが座っていた。
2026年1月1日の未明、スイス・ヴァレー州のスキーリゾート、クラン・モンタナのナイトクラブで火災が発生した。大晦日から元旦にかけての祝いの最中で、41人が死亡し、多数の負傷者が出ている。犠牲者・負傷者のなかにはイタリア人も含まれていた。
その負傷者の一人が、当時16歳のレオナルド・ボーヴェ(Leonardo Bove)である。ミラノ在住のインテルサポーターで、彼はイタリアに搬送された後、ミラノのニグアルダ病院にある大熱傷センターで治療とリハビリを受けた。入院期間は約6か月。退院したのは7月中旬のことだった。
なお、姓が同じであるためセリエAの読者は混同しやすいが、彼はフィオレンティーナに所属するMFのエドアルド・ボーヴェ(Edoardo Bove)とは無関係の別人である。プロ選手ではなく、ミラノのアマチュアクラブ「フランコ・スカリオーニ1925」でU-19の主将を務める育成年代の一人だ。
8月22日、インテルはシーズン開幕戦にあたるモンツァ戦に彼を招待した。クラブは公式サイトで、2月にジュゼッペ・マロッタを団長とする代表団がニグアルダ病院の大熱傷センターを訪問していたことを明かしている。同行したのはフェデリコ・ディマルコ、ニコロ・バレッラ、フランチェスコ・トルド、ジュゼッペ・ベルゴミ、そしてクラブ医師のピエロ・ヴォルピ。その後もハビエル・ザネッティ副会長が個別に見舞い、選手たちとのビデオ通話も行われた。ボーヴェが受け取ったのは、マルクス・テュラムの背番号9のユニフォーム。「Leo」と書き込まれていた。
原文: "ll mio scudetto è stato ricominciare a camminare: li ho capito che avrei vinto la mia partita."
訳: 「僕にとってのスクデットは、また歩き出せたことだった。あのとき、自分の試合には勝てると分かったんだ」
原文: "Sul 3-2 di Zielinski alla Juve gli infermieri sono venuti in camera preoccupati per la mia troppa gioia..."
訳: 「ジエリンスキがユヴェントス相手に3-2にしたとき、看護師たちが部屋に飛び込んできた。喜びすぎだと心配されて」
サッカーの語彙は、しばしばピッチの外へ持ち出される。だがこの少年の口から出た「僕にとってのスクデット」という一語は、比喩として消費される類のものではない。彼はそれを、再び歩けるようになった日という具体的な一点に固定して使っている。順位表もトロフィーも関係なく、勝敗の基準を自分の身体に置き直した言い方である。
入院中、彼にとってインテルの試合は、痛みや不安から思考を逃がす二時間だった。ジエリンスキが決めた瞬間に看護師が病室へ駆け込んできたという挿話は、そのことを妙に具体的に伝えている。喜びすぎて心拍が上がった患者を、医療スタッフが本気で心配した。笑い話として語られているが、彼が置かれていた状態の厳しさもそこに透けている。
ビッグクラブによる病院訪問は珍しい活動ではない。写真が撮られ、公式チャンネルの素材になることも多い。判定が難しいのは、それが一度きりで終わるのか、続くのかという点である。
インテルの場合、記録に残っているのは2月の代表団訪問、その後のザネッティの個別訪問、選手とのビデオ通話、テュラムのユニフォーム、そして8月22日の招待という連なりだ。半年以上にわたって断続的に接触が続いている。ボーヴェ自身がガゼッタに語ったところによれば、ザネッティは二度目の訪問時、入口に自力で立って待っていた彼の姿に言葉を詰まらせたという。どちらが誰を励ましているのか分からなくなる場面である。クラブが掲げる価値観の真偽は、こういう記録に残りにくい場所でしか測れないと考えられる。
インタビューの最後で、ボーヴェはラウタロ・マルティネスに向けて注文を出している。もう一つのスクデットとコッパ・イタリア。冗談めかして「僕は少しで満足することを覚えたので」と付け加えているが、これは記念品や写真を求める言葉ではない。来季も見続けるという前提に立った、ごく普通のサポーターの要求である。
そしてもう一つ、彼は自分自身についての予定を語っている。またサッカーをする、そのときはインテルの誰かに見に来てほしい、と。ピネティーナに招かれたらキーパー相手にPKを蹴りたいとも言い、自分をチャルハノールと同じ「専門家」だと表現している。8月22日の数日前には、スカリオーニのU-19始動日にグラウンドへ顔を出した。クラブは公式SNSで「おかえり、レオ。待ってるよ」と書いている。彼にとってサッカーは、まだ観戦するだけの対象ではない。
インテルの2026-27シーズンは勝ち点3から始まった。だが8月22日のメアッツァには、順位表に載らない勝利を持ち込んだ観客が一人いた。ジョーンズの前の席に座った少年が、次にサン・シーロを訪れるとき、どちら側にいるのか。約束はまだ半分しか果たされていない。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年8月24日
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