
ゴール前でいつも最も静かだった男が、ベンチの席まで含めて14年を過ごしたクラブを離れた。理由は報酬でも人間関係でもない。育成年代のチームを預かるにあたって、週末にどのチームの選手を試合で使うのか、というたった一点だった。イタリアの育成制度そのものへの違和感が、この静かすぎる退団の背景に横たわっている。
[[サミール・ハンダノヴィッチ]](Samir Handanović)がイル・ジョルナーレ(Il Giornale)のインタビューに応じ、インテルを離れた経緯を初めて詳しく語った。聞き手はジャンニ・ヴィスナディ(Gianni Visnadi)。FCInterNewsが9月3日午前9時30分にこの内容を伝えている。
本人によれば、2026年3月にクラブからプリマヴェーラ(U20)の監督就任を打診されていた。成長の機会として受けるつもりだったが、条件面で折り合わなかった。問題は報酬ではなく、指導する対象と起用する選手が一致しない構造にあったという。週の間は自分が預かる年代の選手を鍛えながら、週末の試合では[[インテルU23]]で出番のなかった選手を優先して使わなければならない。イタリアの育成部門に根付いたこの慣習を、彼は受け入れられなかった。
クラブが原則を認めなかったため、彼のほうから身を引いた。通告が6月だったために他のポストを探す時間がなかった点は残念だと述べているが、恨み言はない。2週間後にはUEFAプロライセンスの試験を控えており、トップチームで働く準備はできていると語っている。
原文: "Se non sei buono per giocare in Serie C, perché devi farlo con la Primavera?"
訳: 「セリエCで出場するに値しないのなら、どうしてプリマヴェーラで出場することになるんだ?」
※本記事の引用は、FCInterNewsがイル・ジョルナーレのインタビューから抜粋した一文に基づく。同インタビューの全文は未確認であり、他の発言は要旨として記述している。
ハンダノヴィッチが指摘したのは、日本ではほとんど報じられてこなかった論点だ。セリエCに参戦するU23チームと、U20年代のプリマヴェーラが併存する場合、上のカテゴリーで出番のない選手を下のカテゴリーで試合に出すという運用が生まれる。クラブから見れば実戦機会の確保だが、プリマヴェーラの監督から見れば、自分が一週間鍛えた選手が週末にベンチへ回ることを意味する。
インテルは2025-26シーズンからU23を[[ステファノ・ヴェッキ]]の指揮下でセリエCに参入させ、この夏も[[マッテオ・コッキ]]や[[ジャコモ・デ・ピエーリ]]をはじめとする大量のレンタルで下部組織の循環を作ろうとしている。育成を収益と戦力の両面で機能させる方針そのものは合理的だが、その運用が現場の指導者に何を強いるのかという問いは、あまり語られてこなかった。ハンダノヴィッチはそこに指を置いたことになる。
指導者としてのキャリアを始めたい人間が、最初のオファーを原則論で断るのは相当に勇気がいる。しかも通告が6月では、他クラブのポストはほぼ埋まっている。それでも彼が譲らなかったのは、最初のチームで妥協した指導者は、その後もずっと妥協を求められるという計算が働いた可能性がある。
UEFAプロライセンスの試験が2週間後に迫っていることも大きい。資格を得れば、トップチームの監督やコーチとして正式に働ける立場になる。プリマヴェーラで不本意な形で一年を消費するより、資格を取ってから条件のいい入り口を待つ。ゴールキーパーらしい、リスク計算を先にする判断だと考えられる。
インタビューで彼は選手時代についても振り返っている。「もう少し何かを勝てたはずだ」としながらも、当時のイタリアのレベルの高さを理由に挙げ、責任転嫁をしていない。自身が主将として過ごした時期の成功は[[ルチアーノ・スパレッティ]]が築いた土台の上にあり、そこに[[アントニオ・コンテ]]がメンタリティと戦術を加えて完成させたのだ、と整理してみせた。この時期に生まれた「勝つインテルの中核」を、後任の監督たちも受け継いだという見方だ。
[[シモーネ・インザーキ]]については、最も強い選手たちの創造性を解き放つのが巧みで、だからこそ見ていて美しいチームだったと評している。そして[[クリスティアン・キブ]]について、かつてのチームメイトはサッカーを理解している、昨季やったことに驚きはない、繰り返せるはずだと言い切った。連覇についても「試合もリーグもピッチの上で勝ち取るものだ」と述べ、彼が取りこぼすとは思えないと語っている。
去っていく人間が、残る人間をこれだけ丁寧に評価するのは珍しい。14年という時間の質が、その言葉遣いに出ていた。
条件で揉めたのではなく、原則で揉めた。だから彼の退団には、後味の悪さがまったくない。UEFAプロライセンスを手にしたハンダノヴィッチが、いつかベンチの側からサン・シーロに戻ってくる日を、待っていていいと思う。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年9月3日
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