
28年という数字は、クラブの歴史のなかでも特別な重さを持つ。トリプレーテを見届け、資金の枯れた暗黒期を耐え、二度の決勝を経験した男が、9月2日の午後に契約解除の書類へサインした。翌朝のイタリア各紙が一斉に書いたのは、別れの美談ではなかった。その別れがどんな条件のすれ違いから生まれたのかという、ひどく冷たい算術のほうだった。
インテルは9月2日、[[ピエロ・アウジリオ]](Piero Ausilio)との契約を前倒しで解除し、[[ダリオ・バッチン]](Dario Baccin)を新たなChief Sport Officerに据えることを公式に発表した。アウジリオの契約は本来2027年6月までとされていたが、双方が合意のうえで即時終了する形をとっている。
翌3日朝、Gazzetta dello Sportが決裂の中身を報じた。アウジリオ側が想定していたのは3年の延長と大幅な昇給を伴う条件であり、クラブから届いた提示はその水準に届かなかったという。同紙は、ヴィアーレ・デッラ・リベラツィオーネの首脳陣が、この歴史的なディレクターに「投資し続ける」ことにもはや確信を持てなくなっていた、という見立てを書いている。だからこそ後を引かない合意解除という形が選ばれた、という整理だ。
後任のバッチンは外部招聘ではなく生え抜きだった。Corriere dello Sportは彼を「メイド・イン・インテル」と表現している。ネラッズーリ一色の家庭に育ち、2017年に副スポーツディレクターとして加入。南米を中心としたスカウティングを担当し、その後インテルU23プロジェクトの推進役となった人物だ。この経歴は、育成と自前調達を軸に据える[[オークツリー]]の方針とそのまま重なる。
原文: "Un pezzo della mia anima si separa da ciò che ho amato di più."
訳: 「自分の魂の一部が、最も愛したものから切り離されていく」
原文: "L'ex direttore sportivo si sarebbe aspettato un prolungamento di tre anni del suo contratto, con un robusto aumento di stipendio, invece ha ricevuto un'offerta non in linea con i suoi obiettivi."
訳: 「元スポーツディレクターは3年の契約延長と大幅な昇給を想定していたが、実際に受け取ったのは彼の目標とは噛み合わない提示だった」
報じられている争点は金額そのものより、むしろ「3年」という年数にあったのではないかと推察する。スポーツディレクターにとって3年は、獲得した選手が結果を出すまで見届けられる最短単位だ。1年や2年の延長は事実上の暫定措置であり、その先の編成計画を自分の手で描けないことを意味する。
一方でクラブ側の視点に立てば、オークツリーが主導する現在の体制は、単年度の損益と資産価値の向上を強く意識している。この夏、インテルは大型補強を見送りながら6500万ユーロを超える支出削減を実現し、収支をプラスに持ち込んだと報じられている。その運用モデルにおいて、長期の権限と高額の報酬を1人のディレクターに集中させることが最適解に見えなかったとしても、経営判断としては筋が通る。どちらが正しいかではなく、両者が見ていた時間軸が違ったということだろう。
外部から著名なディレクターを引き抜くのではなく、副官を昇格させる。この選択は一見すると継承に映るが、実態は逆かもしれない。バッチンのキャリアの核は南米スカウティングとU23プロジェクトであり、いずれも「安く仕入れて育てて売る」構造の担い手だ。[[マッテオ・コッキ]]や[[ジャコモ・デ・ピエーリ]]をはじめとする今夏の大量レンタルも、この路線の延長線上にある。
つまりクラブは、アウジリオが得意としてきた交渉力型のディレクター像から、育成パイプライン型のディレクター像へ舵を切った可能性がある。Tuttosportが観測する「Head of Football」の新設は、その仮説を補強する材料になる。編成の最終判断を1人に委ねず、機能ごとに分割する組織設計だと考えられるからだ。ただし現時点でこれは報道段階の観測であり、権限範囲は明らかになっていない。
編成の是非を論じることと、1人の男の28年を評価することは別の話だ。アウジリオがインテルに加入したのは1998年、まだ20代半ばだった。ロナウドがいた時代からトリプレーテを経て、資金が枯渇した数年間を耐え、そして再びスクデットとチャンピオンズリーグ決勝に届くところまでクラブを押し上げてきた。[[ハカン・チャルハノール]]が退団の報に「失望がある」と語り、前オーナーのスティーブン・ジャンが「最高の中の最高」とSNSに書いたのは、その年月への実感からだろう。
ラウタロ・マルティネスはこの件を「間接的に知った」と明かした上で、いつか電話がかかってくるはずだと笑ってみせた。首脳陣の判断がどうであれ、更衣室の側から見たアウジリオは、選手を信じることから始める人だったということになる。次のキャリアがどこであれ、送り出す言葉は感謝であっていい。
3年を求めた男と、3年を渡さなかったクラブ。どちらも自分の論理では正しかった。ただ28年という時間は、契約書の年数では割り切れない種類の重さを持つ。バッチンの最初の仕事は、その重さを引き受けることから始まる。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年9月3日
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