
2006年9月4日、[[ジャチント・ファケッティ]]は64歳で世を去った。会長として最後にジュゼッペ・メアッツァで見届けたのはコッパ・イタリア制覇、最後に受け取ったトロフィーは病室に運び込まれたスーペルコッパだった。命日から20年の節目に、インテルが公式チャンネルへ長い追悼文を掲載した。そこに書かれていたのは、記録ではなく、あの夏の時間の流れ方
インテルは2026年9月4日、クラブ公式チャンネルで[[ジャチント・ファケッティ]]の没後20年に寄せた追悼文を公開した。[[FCInterNews]]が同日12時50分に全文を引用して報じている。
追悼文は、2006年5月11日から時系列で書き起こされる。当時ファケッティはインテルの会長であり、[[ロベルト・マンチーニ]]が率いたチームはジュゼッペ・メアッツァで[[ローマ]]を3-1で下してコッパ・イタリアを制した。得点者はカンビアッソ、マルティンス、クルス。トロフィーを掲げたのは[[ハビエル・サネッティ]]だった。この夜が、ファケッティにとって同スタジアムでの最後の試合になった。当時それを知る者はいなかった、と追悼文は記す。
病の始まりは、テニスを続けるために受けた膝の検査だったという。その夏、イタリアはワールドカップを制する。ファケッティはベルリンの決勝へ飛ぶために力を振り絞ったが、実現しなかった。7月26日、インテルがボルツァーノでモナコと親善試合を行っていたさなかにFIGCの決定が伝えられ、ネラッズーリはイタリア王者となる。それに対するファケッティのコメントが、追悼文の中核に置かれている。
8月26日にはスーペルコッパ・イタリアーナで再びローマを4-3で下し、[[ルイス・フィーゴ]]のフリーキックが試合を決めた。マンチーニはスタジアムに来られなかった会長へ勝利を捧げ、翌日[[マルコ・マテラッツィ]]がトロフィーを病室へ運んだ。それが事実上の別れとなった。9月4日、ファケッティは息を引き取る。葬儀はサンタンブロージョで営まれ、1万人を超える人々が集まったと追悼文は伝えている。
原文: "Questo è lo scudetto della correttezza e del rispetto delle regole; uno scudetto ottenuto da una squadra che ha dimostrato di avere forza, tecnica e spirito. È uno scudetto che arriva nel momento in cui il calcio italiano ha deciso di mettere al centro di tutto la questione etica. E per questo motivo è uno scudetto che ha un doppio significato."
訳: 「これは公正さと、ルールの尊重によるスクデットだ。力と技術と精神を持つことを証明したチームが手にしたスクデットである。イタリアサッカーが倫理の問題をすべての中心に据えると決めた、その瞬間に届いたスクデットだ。だからこそ、これは二重の意味を持つスクデットなのだ」
原文: "Come in tutte le cose della mia vita, sarà il tempo che dimostrerà e chi si è comportato scorrettamente e che magari non sono stati scoperti, io dico che il tempo è galantuomo e prima o poi qualcosa verrà a galla."
訳: 「私の人生のすべてのことと同じように、誰が不正に振る舞い、そして誰が発覚を免れたのかは、時間が証明するだろう。時間は紳士だ。遅かれ早かれ、何かは浮かび上がってくる」
日本でファケッティの名が語られるとき、多くは選手としての側面――サイドバックという役割の概念を書き換えた左サイドの先駆者――に集約される。だが今回インテルが公開した追悼文の重心は、明らかに2006年の会長ファケッティに置かれていた。
象徴的なのが、FIGCの決定を受けた際のコメントだ。彼は「二重の意味を持つスクデット」という表現を使い、勝ち取ったものの価値と、それが届いた文脈の両方を同時に語っている。当時のイタリアサッカーが置かれていた状況を考えれば、これは相当に難しいバランスの取り方だ。喜びを消さず、しかし浮かれもしない。追悼文がこの一節を最も長く引いているのは、クラブがこの言葉を20年経ってなお現在形の資産と見なしているからだと考えられる。
もうひとつ引かれているのが、最後のインタビューでの「時間は紳士だ、遅かれ早かれ何かは浮かび上がる」という言葉である。インテル公式はこれを「預言(una profezia)」と呼んだ。
この評価をどう読むかは、読者ごとに分かれるだろう。2006年の一連の捜査をめぐる評価は現在もイタリア国内で決着していない領域があり、クラブの追悼文がその立場から書かれていることは織り込んで読む必要がある。ただし、ファケッティ本人の発言そのものは、特定の誰かを名指ししていない。彼が言ったのは「時間が証明する」であって「自分たちが正しい」ではない。この抑制が、20年後に引用に耐える言葉として残った理由だと考えられる。
追悼文が最後に置いたのは、[[エステバン・カンビアッソ]]のエピソードだった。ファケッティの死の数日後、フィレンツェでの3-2の試合で2得点を挙げ、両手を天に掲げた。そしてそのシーズンを締めくくるスクデットをシエナで決めた際、遺族に頼んで背番号3のユニフォームを着た。2010年、マドリードからチャンピオンズリーグのトロフィーを持ち帰ったときも、同じことをしている。
背番号3はファケッティの番号であり、現在は永久欠番として扱われている。追悼のためだけに一度着るなら儀式で済むが、カンビアッソは4年後にもう一度着た。クラブが「彼の手が触れたものの中に魂が宿る場所がある」という『華氏451度』の一節を長男[[ジャンフェリーチェ・ファケッティ]]の言葉として引いているのは、この反復を指しているのだろう。ファケッティが遺したのは記録ではなく、後の世代が繰り返し戻ってくる基準点だった、という整理の仕方である。
インテルは今日、ジュゼッペ・メアッツァでナポリを迎える。ピッチの上に彼を知る選手はもういない。それでもプリマヴェーラの大会名にも、若手が育つ練習場の名前にも、彼の名は残り続けている。「中途半端に善良ではいられない」――彼が若い頃に自らに課したという言葉は、20年経っても古びていない。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年9月5日
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