
ベルナベウで負けた翌々日、インテルの元エースは称賛から話を始めた。もっと勝つに値した、内容は良かった、ベスト8にも行ける。だがそこから彼の言葉は、現代サッカーが疑わなくなった一つの作法へと向かう。なぜGKは、ボールを足元から繋がなければならないのか。
チャンピオンズリーグ・リーグフェーズ初戦で [[レアル・マドリード]] に1-2で敗れたインテルについて、アレッサンドロ・アルトベッリが9月10日に見解を語った。FCInterNewsが同日10時20分にその内容を伝えている。1980年代のインテルを背負った元イタリア代表FWで、「スピッロ」の愛称で知られる人物だ。
論旨は擁護と注文が半々だった。相手に正面から向かい、守るより攻めることを考えるチームの姿勢そのものは支持する。インテルはサッカーをしており、失点しないために試合に入っているのではない。だが欧州にはセリエAとは別次元の力があり、「見直すべき点」もある、と。
その「見直すべき点」の中身として、彼は用語の使い方から入った。「守備陣(difesa)」ではなく「守備局面(fase difensiva)」と呼ぶべきだという主張である。そして話題は [[ジョゼップ・マルティネス]] のミス、後方からのビルドアップ、[[ラウタロ・マルティネス]] の評価、[[フェデリコ・ディマルコ]] の契約更新、[[ピエロ・アウジリオ]] の退任へと広がった。
原文: "È giusto che parli di fase difensiva e non di difesa. Questo perché quando gli avversari attaccano, tutti devono aiutare."
訳: 「私が『守備陣』ではなく『守備局面』と言うのは正しいことだ。相手が攻めているときは、全員が助けなければならないからだ」
用語の話に見えて、これは編成と戦術の話である。アルトベッリの主張は、守備の責任をCB3枚に帰属させる見方そのものを拒否することにある。ボールがないときは全員が全員を守る。攻めるときにDFが前に出るのと同じことだ、と彼は言う。
この指摘が、レアル戦の後に出てきたことには意味があると考えられる。ベルナベウでは、インテルがポゼッションを支配しながら、相手に何度も決定機を許した。ボールを持っている側が、失った瞬間に無防備になる構造。それを「最終ラインが軽かった」と要約すると、対策はCBの補強や入れ替えになる。だが「守備局面が全体として遅れた」と要約すれば、対策は中盤とFWの帰陣、すなわちチーム全体の設計の問題になる。
アルトベッリは後者を選んだ。そして欧州レベルではまさにこの点に注意が必要だと付け加えている。国内では個の質の差が守備の粗さを覆い隠すが、欧州では覆い隠せない。同じ日、『トゥットスポルト』も別の角度から近い結論に達しており、この見方はイタリアで一定の共有を得つつあると推察する。
より挑発的なのは、後方からのビルドアップに向けた疑問だった。「ペポ」も他のGKと同様に後ろから組み立てを始めるが、それに何の意味があるのかと自問することがある、というのがアルトベッリの言い分だ。窮地に陥るリスクがあるなら、昔から行われてきた最も美しく正しい選択はGKのロングキックで、ボールを相手陣のエリアまで届けること。そうすればリスクはゼロで、すぐに奪い返しにいける、と。
これを単なる懐古趣味として片付けるのは早いだろう。論点は「繋ぐか蹴るか」ではなく、「どのリスクを誰が負うか」にある。GKがボールを持った瞬間、失敗のコストは最も高い。にもかかわらず、その最も高いコストを最も守備的な選手に負わせる設計が、現代では標準になっている。
一方で反論も明らかだ。蹴れば所有権は五分五分に戻る。ネラッズーリの2トップが空中戦で優位を取れるとは限らない。アルトベッリの言う「リスクゼロ」は、ボールを渡すことのコストを計算に入れていない可能性がある。それでも、レアル戦の2失点目という具体例を前にした発言としては、耳を傾ける価値があると考えられる。
もう一つ注目したいのは、アルトベッリが誰も切り捨てなかったことだ。マルティネスのミスについては「優れたGK」と擁護し、全コンペティションを戦う以上は全員に出番があると言い添えた。ラウタロには「自分ならしっかり手元に置いておく」。ディマルコの更新には「半分の問題すらない」。アウジリオには28年間への敬意。
批判の矛先は個人ではなく、常に構造に向いている。そしてファンに対しては「チームは強く、よく作られている。安心してよい」と語った。ベルナベウの敗戦直後にレジェンドが出す談話としては、扇情的な要素が意識的に排されていると言っていい。
イタリアの元名手がメディアで語るとき、その言葉は往々にして誰かを刺すために使われる。今回のスピッロは、刺す代わりに、チームの見方そのものを一つずらしてみせた。指摘が的を射ているかどうかは、月曜のウディネーゼ戦以降に判定される。
ボールを足元で繋ぐことは、いつから疑ってはいけない前提になったのか。1980年代のインテルとイタリア代表を知る男が投げかけたのは、答えのある問いではない。ただ、答えを持っていると思い込んでいる側に、一度立ち止まる理由を与えた。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年9月10日
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