
セリエAが開幕する朝、リヤドにいる男がミラノの4年間を振り返った。6つのタイトル、2度のチャンピオンズリーグ決勝、そして誰にも明かされてこなかった台所事情。もう一度戦い直したい試合を問われた[[シモーネ・インザーキ]]が挙げたのは、勝った試合ではなかった。あの夜のイスタンブール。
イタリア紙イル・ジョルナーレのインタビューに応じた[[シモーネ・インザーキ]]が、[[インテル・ミラノ]]で過ごした4年間について語った。FCInterNewsが8月22日9時40分に内容を伝えている。現在はサウジアラビアの[[アル・ヒラル]]を率いる立場だ。
インザーキは在任期間を「素晴らしい4年間」と総括し、6つのタイトルと2度のチャンピオンズリーグ決勝進出を挙げた。そのうえで踏み込んだのが、当時のクラブの財務状況である。フロントが「崩壊寸前の財務を立て直した」と評価し、その事実が自分に一切隠されていなかったと明かした。厳しい制約下での編成を、言い訳ではなく刺激として受け止めていたという趣旨の発言も添えている。
もう一度戦い直したい試合を問われると、彼は2023年のチャンピオンズリーグ決勝、イスタンブールを挙げた。「もっと報われるべきだった」「過去10年で最強のチームを相手に、スポーツ的な奇跡に近づいていた」という表現を使っている。今季のセリエAについてはインテルを紙の上での本命としながら、競争力を持つクラブが多いことにも触れた。
原文: "All'Inter ho vissuto 4 anni meravigliosi. Abbiamo vinto 6 trofei, giocato 2 finali di Champions e siamo rimasti sempre competitivi, anche in un periodo nel quale il club doveva essere molto attento sul mercato. La dirigenza è stata bravissima, risanando un bilancio vicino al collasso e a me non hanno mai nascosto nulla."
訳: 「インテルでは素晴らしい4年間を過ごした。6つのタイトルを獲り、チャンピオンズの決勝を2度戦い、常に競争力を保ち続けた。クラブが市場で細心の注意を払わなければならなかった時期でさえもだ。フロントは実に見事だった。崩壊寸前だった財務を立て直し、私には何ひとつ隠さなかった」
原文: "Quale partite rigiocherei? La finale di Istanbul, meritavamo di più. Siamo andati vicino a un miracolo sportivo contro la squadra più forte dell'ultimo decennio"
訳: 「どの試合をやり直したいか。イスタンブールの決勝だ。我々はもっと報われるべきだった。過去10年で最も強かったチームを相手に、スポーツの奇跡に手が届きかけていた」
この発言の核心は、6つのタイトルという実績ではない。「a me non hanno mai nascosto nulla(私には何ひとつ隠さなかった)」という部分である。
インザーキ在任期間のインテルは、スニン体制末期の資金難からオークトリーへの移行という、経営面で最も不安定な数年間と完全に重なっていた。パラマウントの資金繰り、選手売却による帳尻合わせ、フリー移籍中心の補強。当時から外部では厳しい見方が続いていたが、現場の指揮官がその内情を共有されていたと公に語ったのは、私が知る限り退任後初めてに近い。
制約を共有された監督と、結果だけを求められた監督とでは、下せる判断の質が変わる。インザーキが4年で6冠を積み上げた背景に、この情報共有があったと考えることもできるだろう。同時にこれは、当時のフロントに対する遅れてきた擁護でもある。
やり直したい試合として、彼は勝った試合を挙げなかった。2度の決勝のうち、より一方的だったミュンヘンでもなく、2023年のイスタンブールを選んでいる。「奇跡に近づいていた」という言い方には、あと一歩で届いたという実感がまだ生々しく残っている。
インテルの側から見ても、この選択は納得しやすい。ロメル・ルカクの決定機、ジュゼッペ・メアッツァではなくアタテュルク・オリンピックの芝、そして0対1という結果。あの夜がもし違っていれば、インザーキのインテル史における評価はまったく別のものになっていた可能性がある。彼が「もっと報われるべきだった」と言うとき、それは自分個人ではなくあのチーム全体への言葉として響く。
将来について、インザーキは慎重ながらもドアを開けたままにした。現職への忠誠を強調しつつ、「イタリアは心の中にある」「欧州は大きな刺激になる」「英語も上達した」と3つのヒントを並べている。これは明日にも動くという類の発言ではないが、サウジアラビアで指導者人生を終えるつもりはないという意思表示だと受け取ることはできるだろう。
インテルのファンにとって、この距離感は少し複雑かもしれない。彼が去った翌シーズン、クラブは[[クリスティアン・キブ]]のもとでスクデットを取り戻した。だからこそ、インザーキの4年間が「土台を作った時期」だったのか「あと一歩が足りなかった時期」だったのかは、いまも人によって評価が分かれる。ただ、崩壊寸前の帳簿を抱えたクラブで6つのタイトルを積み、決勝の舞台に2度立った事実そのものは、誰かの評価によって減るものではない。
開幕の朝に、去った人間が過去を語る。それは未練ではなく、たぶん整理なのだろう。イスタンブールをもう一度と言える人が、まだこの世界のどこかで指揮を執っている。それだけで、あの夜は完全には終わっていない。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年8月22日
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