
インテルの元会長マッシモ・モラッティ(Massimo Moratti)が、スペイン紙ASのインタビューで過去の「あと一歩」をいくつも明かした。ジョゼ・モウリーニョを最高の監督と呼び、リオネル・メッシは「大きな弱点だった」と認め、エリック・カントナを「禁じられた夢」と呼ぶ。ミラノ・ダービーを土曜に控えた夜、クラブの黄金期を作った人物の回想が、いまのインテルにも静かな問いを残す。
Internews24が10月29日に伝えたところでは、モラッティはモウリーニョ(José Mourinho)について「インテルで持った中で最高の監督だ」と語った。続けて「彼とはとても強い絆がある。ここで2年間にやったことは最大限のものだった」と話している。
一方で、レアル・マドリードへの移籍には淡々としている。「モウリーニョは去りたがっていて、去った」。勝利への執着は「いつでもそれと分かる」と評し、敬意は崩さなかった。2010年のチャンピオンズリーグについても触れ、グアルディオラのバルセロナを破ったカンプ・ノウのほうが、バイエルンを2-0で下したベルナベウの決勝より嬉しかったと振り返っている。
原文: "È il miglior allenatore che abbia mai avuto all'Inter."
訳: 「インテルで私が持った中で、最高の監督だ。」
※原文はInternews24が再掲したイタリア語。ASのスペイン語原文は確認できていない。
今回の発言でもっとも目を引くのはメッシ(Lionel Messi)の話だろう。モラッティによれば、U-17の大会で彼を見たのは「まだ誰も未来の世界的スターとして語っていない頃」だった。「そう、獲りたかった」と認める。
動かなかった理由は、バルセロナがすでに契約を提示しようとしていたからだ。「割り込みたくなかった」。メッシ本人はシャツを贈って好意を示したという。そのうえで「あの頃のメッシは、私の大きな弱点の一つだった」と打ち明けた。
原文: "Ammetto però che Messi era una delle mie grandi debolezze in quegli anni."
訳: 「ただ、あの頃のメッシが私の大きな弱点の一つだったことは認める。」
聞き手によれば、ロナウド(Ronaldo)はちょうど50歳になったところだという。モラッティは当時の獲得を「興味深く、手が届く話だと思った」と振り返った。バルセロナは「予想していなかったので、非常に怒った」とも語る。「ロナウドはイタリアでプレーできることをとても喜んでいた」。インテルが1997年にバルセロナから彼を迎えた経緯は、本記事の筆者が補う背景である。
届かなかった側の筆頭はカントナだ。モラッティは「本当の意味での『禁じられた夢』は彼だった」と言う。メッシとロナウドが「惜しさ」と「成就」の例なら、カントナは最初から叶わなかった側の名前になる。
インタビューはいまの話題にも及んだ。ラウタロ・マルティネス(Lautaro Martínez)のバルセロナ移籍の可能性を問われると、モラッティは「ラウタロはインテルの歴史の一部だ」と答えている。元記事に、移籍の具体的な動きを示す記述はない。
クラブの意思決定への関与を尋ねられると「いや。いまはなるべく目立たないようにしている」と話し、「サッカーの世界の外にいるが、見続けてはいる」と語った。父アンジェロの時代にあたる、エレニオ・エレーラ(Helenio Herrera)のグランデ・インテルは「おそらくクラブ史でいちばん美しい時期」だと評している。
この発言を現在のクラブへの批評と読むのは早計だろう。ただ、勝つために選手と監督に執着し、時には欲しい選手を我慢して別のものを選んだ人物の言葉は、更新交渉や補強の駆け引きが続く今のインテルに重なる部分もあると考えられる。メッシを見送った判断が正しかったかは誰にも分からない。確かなのは、獲り逃した名前までも語れるほど、モラッティ時代が分厚かったということだ。
スポーツ×ITの会社でバックエンドエンジニア兼マネージャーとして勤務。インテル関連の情報を中心に発信しています。
最終更新: 2026年10月29日
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